時々思い出すことがある。
目を閉じて、夢の世界で、あの日に戻ることがある。
「失礼しまーす。ちょっといいですかー?」
狛村が自室で休んでいたとき、ちょうど仮面をはずしていたときだった。
声をかけるのと扉を開けるのが同時で、止める暇も無かった。
「…………」
「…………」
双方、沈黙が続いた。
狛村は、素顔を見られて、人狼だと知られて、内心「もう駄目だ」と思った。
今までずっと隠してきたのに、昔の生活に戻ってしまう。そう思っていた。
しかし、
「わー。ふさふさだー。かわいいー」
返ってきた反応は、狛村が想像していたのと、全く違った。
下を向いていた顔をはっと上げると、狛村の目には満面の笑顔が映った。
それは、今まで見たことのない温かな表情だった。
それゆえに……。
「なぜおぬしは恐がらぬ?」
狛村は、自分の素顔を見ても恐れない目の前の少女が不思議で、尋ねた。
しかし、彼女はキョトンとして、狛村に尋ねた。
「なにが?」
質問の意味が、狛村がどうしてそんなことを聞くのか、よく分からないようだった。
「儂の姿を見ても…なぜ恐がらぬのだ?」
「怖くないよ?むしろ可愛いと思ったよ?」
「可愛い?」
「うん!可愛いよ!すっごく!!」
「……………」
狛村は本当に驚いて、何も言えなくなった。
獣の姿を見ても恐がらない人が元柳斎以外にもいるなんて、今まで考えたこともなかった。
おまけに「可愛い」と言われたのは初めてだった。
すると、
「あ、可愛いって言われて、気に障った?男の人に『可愛い』なんて言うのは失礼だよね…」
彼女は、狛村が黙っている理由を勘違いしたらしく、手を合わせて「ごめんなさい!」と謝った。
狛村は頭を横に振り、彼女のことをまっすぐ見つめた。
「おぬしの名は?」
すると、彼女はにっこり笑って……。
「失礼しまーす。こまむー隊長いますかー?」
明るい声と同時に開かれた扉。
中に入ってきたのは、十番隊第三席・だった。
狛村は体を起こし、を迎えた。
まだ夢の中にいるような、夢の続きを見ているような、そんなふわふわした気持ちで。
「あ、お昼寝中でした?」
「構わぬ。そろそろ起きねばならぬ時間だ」
は狛村の言葉を聞き、「よかったー」と言いながら一安心した。
そんなを見て、狛村は小さく笑みを浮かべた。
「おぬしは変わらぬな」
「んー。そうですか?」
「ああ。おぬしがそばにいるだけで心が和む」
「光栄です」
「それで、何用だ?」
狛村がそう尋ねると、は持ってきた書簡を見せた。
今回、が七番隊に来たのは日番谷に「これを狛村に届けてくれ」と言われたから。
隊首室まで足を運んだのは、執務室に行ったら副隊長・射場鉄左衛門に「隊長は自室じゃ」と教えてもらったからだ。
「日番谷隊長からの言伝もありますが……そろそろ五郎と散歩する時間だよね?一緒に散歩してもいい?」
「構わぬ。五郎も喜ぶ」
「ありがと!私も嬉しい!!」
「私はだよ。貴方は?」
「儂は狛村左陣だ」
あの日のことを、ずっと忘れない。
狛村はそう心に決めていた。
終