その日、と恋次は現世に来ていた。
理由は、ひとつ。
「なー、阿散井ー」
「なんすか!」
「お前、顔に似合わず甘い物好きだよな?たい焼き大好物だよな?」
「そうっすけど!それがなんすか!」
「今からたい焼き買いに行かないか?」
「……この状況で行けるわけないでしょ!!」
力の限り叫ぶ恋次。
確かに、たい焼きを買いに行ける状況ではなかった。
周りにいる巨大虚。
しかも一匹や二匹ではない。
数え切れないほどの虚と、恋次とは戦っていた。
虚が発生したという報せを受けて、現世にやってきたのだが、数が多すぎた。
「咆えろ!『蛇尾丸』!!」
斬魄刀・蛇尾丸を解放する恋次。
伸縮する刃節を自由自在に操り、虚を斬り裂いていく。
一方、は始解していない状態の刀で、虚を倒していた。
近くにいる虚を手当たり次第斬っていく恋次。
自分よりも大きな虚を難なく倒していく。
だが、虚の数は減らない。
そんな状況でもう一度、は恋次に話しかけた。
「なー、阿散井ー」
「なんすか…」
「たい焼きはー?」
「ダメっすよ」
「え―――…」
は、頬をぷうっと膨らませ、憎らしそうに恋次を見た。
そんなに、恋次は大きなため息をつき、諭すように言う。
「そんな顔してもダメっすよ」
「ぶー!阿散井のバーカ!おもしろイレズミマユ毛!」
「……なっ!?」
の暴言に、恋次は怒りを隠せなかったが、何とか堪えた。
『おもしろイレズミマユ毛』と言われた眉毛がピクピクと動いているが、何も言い返さず黙っている。
『さんを怒らせたら大変なことになる』と思うからこそ、恋次は必死に堪えているのだが、そんなことを気にせずにはまた話しかけた。
「なー、阿散井ー」
「……なんすか」
「じゃあ、任務が終わればたい焼き買いに行ってもいいよな?」
「……はあ?」
「なー、そうだよなー?」
しばらくの間、恋次は何も言えなかった。
は余程たい焼きが食べたいらしく、「たい焼き!たい焼き!」と何度も訴えている。
そして、恋次はに言う。
「……いいっすよ」
今回自分達が現世にやってきたのは、任務のためだ。
目の前にいる虚を全部倒さなければならない。
たい焼きを買いに行くと約束すればのやる気が出るのなら、お安い御用だった。
そう思っていた恋次だが…。
「なー、阿散井ー」
「なんすか……」
「もちろんお前のおごりだよな?」
「はあ!?」
「だって、お前は副隊長、私は三席だぞ?」
「さんのほうが先輩っすよ?」
「お前のほうが給料高いだろ?」
「………いいっすよ。好きにしてください」
もうどうでもよくなった。
これ以上、の相手をするのも嫌だった。
ただでさえ虚と戦って疲れているのに。
だが、はますます元気になった。
「よっしゃ!じゃ。本気出すか!!」
そう言うと、刀を握り締める。
自分の霊力を斬魄刀に注ぎ込み、それを一気に解放する。
「咲き乱れ。『曼珠沙華』」
刹那。視界が紅く染まり、恋次は何も見えなくなった。
あまりに鮮やかな色に、目を閉じてしまう。
そして、恋次が目を開けたときには、全てが終わっていた。
数十匹の虚が、全て消えていた。
「マジ…かよ……」
目の前の光景を信じられない恋次だが。
「よーし!たい焼きだー!!」
は楽しそうだった。
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、元気に笑っている。
その後、と恋次は義骸に入り、たい焼きを買いに行った。
「わーい!隊長と乱ちゃんと三人で食べよ−!」
たい焼きが入った茶色い紙袋を嬉しそうに抱きしめるに対し、
『この野郎…!マジでおごらせやがった…!!』
恋次は心の中で叫んでいた。
終