たくさんの書類を抱えて一番隊舎に向かう。
その途中で、は突然立ち止まった。
目の前が真っ暗になったため、そうせざるを得なかったのだ。
原因はすぐに分かった。ため息をついた後、元凶に声をかける。
「……何がしたいんですか?市丸隊長」
「一発正解や!さすがちゃん!!」
闇の中から聞こえた、声。
正解と言っているし、何より独特な声の響き。
後ろにいるのは三番隊隊長・市丸ギンで間違いないだろう。
だが、の視界は未だ闇に包まれたままだった。
市丸が離そうとしないため、いつまで経っても光が見えない。
は、さっきよりも大きなため息をつき、言う。
「いい加減離れてください」
「もう少しだけ。ええやろ?」
「……今すぐ離さねぇとその口に干し芋詰め込むぞ」
「……すんません」
の言葉を聞き、その手を離す市丸。
『もうしません』と言うように、両の手を上げているのだが、は見ようともしない。
市丸の魔の手から解放されてほっとしたのか、腕を伸ばしながら空を見上げた。
太陽の光を見て眩しそうに目を細めるが、口元には笑みがこぼれる。
ようやく市丸のほうを見て、は言う。
「土下座か切腹させようと思ったが、今回は大目に見てやろう」
「切腹、て。ボクのこと殺す気…」
「やっぱり気が変わ…」
「ホンマすんません!!」
ニッコリと笑うを見て、市丸は頭を下げて謝った。
そんな市丸に対し、は呆れたようにため息をついた。
「謝るくらいなら最初からこんなことしなければいいのに」
と市丸の間柄は深いほうだろう。
なぜなら、が五番隊にいた頃、はずっと市丸のそばにいたのだから。
事情をもう少し詳しく説明すると…。
当時、上位席官だった市丸は次期隊長候補とされていた。
隊長として必要な知識や幅広い経験を積ませる、教育係が必要。
中央四十六室および護廷隊総隊長山本元柳斎重國が議論した結果、が選ばれた。
……ということだ。
『任務や事務処理だけでなく、仕事に疲れたときの息抜き方法とか教えたけど、失敗だったな…』
三番隊の噂を耳にするたびに、疲れた顔した吉良を見るたびに、そう思っていた。
久しぶりに市丸に会って確信した。自分は市丸の育て方を間違えた、と。
後悔先に立たず、とはまさにこのことだ。
は三番隊舎がある方角を見て、合掌する。
「三番隊の皆さん、本当にごめんなさい」
「なんやの?急に」
「いや、ちょっと懺悔をね」
三番隊隊士への懺悔を終えると、市丸のほうを見る。
市丸を嘲笑うように見つめるその瞳はとてもまっすぐだった。
それを見た市丸は小さく微笑む。
「ホンマ、相変わらずやねぇ。ちゃんは」
「お前も相変わらずだな、市丸」
「昔みたいに"ギンちゃん"って呼んでや」
「それは無理」
「えー!!なんでやの!?」
「異性で名前を呼ぶのは一人だけって決めたんだ」
そう言うと、は小さく笑みを浮かべた。
"彼"のことを考えているのだとすぐに分かるくらい、すごく幸せそうな笑顔だった。
終