二番隊隊舎内にある一室に少女はいた。正確にはその部屋の扉の前で、立ち尽くしていた。
とても広く、とても静かなその部屋を見つめ、彼女は小さく心の中で呟いた。
『…変わらないな。あのときと』
目に映る光景も、肌が感じとる空気も、何一つ変わっていなかった。あれから数十年の歳月が経ったというのに。
それゆえに、彼女は片方の手を胸に当て、ぎゅっと握り締めた。
激しい感情の波が彼女の心を襲った。悲しいのか、寂しいのか、本人にも分からない。
ただ、泣きそうになるのを必死に堪えていた。
「砕蜂」
後ろから聞こえた、声。
砕蜂と呼ばれた少女は振り返らなかった。
そんなことをしなくても後ろにいるのが誰なのか、すぐに分かったから。そして、今の自分を見られたくなかったから。
その代わりに、一歩、足を前に出し、部屋の中へと踏み出した。
ずっと入れずにいた、今日から自分の部屋となった、二番隊・隊首室に。
砕蜂は歩き続けたままで、後ろの人物へと声をかけた。
「人払いをしていたのだがな。一体何の用でここにきたのだ、」
「勿論、お祝いしにきたに決まってるだろ?」
「仕事はどうした」
「いやぁ、心優しい部下が引き受けてくれてさー」
「押し付けた、の間違いだろ」
「あははは。本当に私は幸せ者だなぁ」
「…………」
有無を言わせず、部下に全部押し付けて来たのだろう。
そんな光景が目に浮かび、そんなかわいそうな部下に同情し、砕蜂は大きく溜め息をついた。
立ち止まると、ようやく振り返り相手を見た。
は相変わらず笑ったまま、砕蜂のことを真っ直ぐ見つめていた。
暫しの沈黙。それを破ったのは砕蜂だった。
「なぁ、。これからも私を支えてくれないか?」
「……それは"副隊長"になってくれ、という意味だよな」
「……………」
砕蜂は黙ったままだった。沈黙は肯定を意味することを理解していると思うから。
何も言わず、のことを真っ直ぐ見つめている。の答えを待っていた。
はゆっくりと口を開き、自分の答えを言う。
「申し訳ないが、それは出来ない。私はお前の支えにはなれない」
「……そう、か…」
砕蜂は吐き出すように、そう呟いた。
そうして一息つかなければ、自分自身を落ち着かせなければ、心の奥にある醜い感情をぶつけてしまいそうだったから。
彼女がいて、彼女の隣が私の居場所。
彼女が微笑んで、彼女との時間が私の幸せ。
どちらも変わらずに、ずっと続いていくと信じていた。
私が彼女と別れるときは"死"。それ以外考えられなかった。
……彼女が私の前から姿を消すまでは。
「……砕蜂」
「。私は強くなる」
「…何のために?」
「必ず私の手で捕らえるために」
数十年前、主を失ったこの部屋の前で、砕蜂は自分自身に誓った。
この誓いを胸に、今日まで進んできたのだ。
「その代わり…といっては何だが、二番隊副隊長に推薦したい奴がいる」
「何?」
「私の部下なんだが、どうだ?」
そう言うと、はニッと笑みを浮かべた。
それを見た砕蜂は大きなため息をついた。
がそんな風に笑うときは何か企んでいることが多いから。
そして、そんなときのを止められないことをよく分かっているから。
砕蜂は渋い表情を浮かべながらも、とりあえず話を聞くことにした。
終