十番隊には十一番隊の隊士がよく遊びにやってくる。
その中でも頻繁に顔を出すのは副隊長の草鹿やちるだった。
やちるのお目当ては十番隊第三席だった。
この日もまたやちるが十番隊隊舎執務室にやってきた。
「!今、ヒマ?」
「ごめんね、やちるちゃん。今は仕事中だから…」
「そんなのいいから!行こう!」
「えっ?」
やちるはの腕を掴み、軽々と持ち上げると、
「じゃ、を借りてくね!」
そう乱菊に言ってを連れていってしまった。
乱菊は、いつものことなので特に気にせず、手を振っていた。
そのとき、日番谷は隊首会に行っていなかった。
「あ、隊長。お疲れさまでーす。お茶飲みますか?」
「ああ。頼む」
「はーい」
乱菊は給湯室へ向かった。
日番谷は自分の席につき、辺りを見回した。
いつもいるはずの人がいない。
いつもなら日番谷を笑顔で出迎えるのに。
「お茶しません?」と言ってサボろうとするのに。
「はい、どうぞ」
自分の机にお茶を置く乱菊に日番谷は尋ねた。
「はどうした?」
「はやちるに連れていかれました」
「…今は仕事中だぞ……」
「私に言われても。でも、大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても…」
ゴゥン
急に空気が変わった。
どんどん霊圧が上がっていく。
「何?この霊圧は!」
「更木の野郎だな…。何やってんだ……」
『相手は誰だ?』
そう思いながら日番谷は感覚を研ぎ澄ましてみる。
日番谷が感じた、剣八のすぐ近くにあるもう一つの霊圧。
それは日番谷がよく知る人物のものだった。
「あの馬鹿野郎!」
「隊長!!」
日番谷は十一番隊隊舎へ向かった。
途中倒れている隊士が何人もいるが、気にかけていられない。
剣八が霊圧を上げるのは戦うときだけ。
今、剣八と戦っているのはだった。
化け物と言われている剣八と戦ったら、に勝ち目はない。
そう思った途端、日番谷の脳裏に最悪の事態が浮かんだ。
「頼むから…無事でいろよ!」
の無事を祈り、日番谷は十一番隊隊舎へ走る。
「!」
日番谷が修練場の扉を開けると、剣八とが刀を交えていた。
それを一角と弓親が見ている。
今、二人がしているのは木刀の試合ではなく、真剣勝負。
日番谷はすぐに命の獲り合いをしていると分かる。
それなのに、なぜか不思議と心地よい空気だった。
「!!」
「ダメっすよ。日番谷隊長」
「今、隊長の邪魔をしたら斬られますよ?それに…」
チリーン
「終わったみたいです」
まず日番谷の目に映ったのは片膝を突く剣八の姿だった。
その次に、そんな剣八の首筋に刀を向けているの姿だった。
信じられなかった。
目の前の光景を、素直に信じることができなかった。
はにぃっと笑みを浮かべた。
「私の勝ちだね」
「畜生…」
は刀を鞘にしまい、一言。
「あー。怖かった。更木、殺気を出しすぎ」
「うるせぇよ」
「剣ちゃんまた負けたー」
「おめえもうるせぇよ。やちる」
「じゃ、私は隊舎に戻るね」
は剣八とやちるにぺこっと頭を下げて立ち去ろうとするが、やちるがそれを拒んだ。
「えー!帰っちゃうのー!」
「やちるちゃん、ごめんね。隊長が迎えに来てるし」
そう言うと、は日番谷のほうを見た。
呆然としている日番谷にはニコッと笑顔を向ける。
「さっ、隊舎に戻りましょう。隊長」
「あぁ…」
と日番谷は修練場を後にした。
帰り道、は日番谷の後ろを歩いていた。
日番谷は何も話さない。
は、怒っているんだと思い、こちらから話すことにした。
口を開けると一番最初に出てきたのは謝罪の言葉だった。
「隊長、今日はすみませんでした。仕事中なのに抜け出して…」
「構わん。草鹿に連れてこられたんだろう?」
日番谷が怒っていないと分かると、は笑顔になった。
さらに続けて話す。
「はい。いつもそうなんです。やちるちゃんにお願いされると断れなくて。斑目や綾瀬川と試合していたら、隊首会から戻ってきた更木隊長と死合することになって…」
「……お前、更木よりも強いんだな」
「いいえ。私はまだまだ弱いです。さっきのは更木の急所を狙ったんですから」
急所を狙ったと聞いて、日番谷は目を見開いてを見た。
は照れくさそうに笑っている。
「更木は強いので、そうでもしないと殺されちゃうし」
「更木がもっと強くなったらどうするんだ?」
「んー。恐ろしくて考えたくないですね。他の弱点を狙うとか?」
「あんのか?ていうか、更木を強くするだけじゃないか?」
すると、は黙ってしまった。
日番谷に言われて初めて気付いたようだ。
「ですよね…。どうしようかな……」
「まっ、そのときは俺が守ってやるよ」
「えっ?」
突然の日番谷の申し出。
立ち止まったを置いて日番谷はスタスタと歩き続ける。
「隊長?今、なんて?」
「……置いていくぞ、」
聞き返したけど、ちゃんと聞こえていた。
『俺が守ってやる』
日番谷の言葉をは自分の心の中に大切にしまった。
おまけ
「隊長。さっき、私のことを名前で呼びましたよね?」
「…………」
「みんなの前で『』って、呼んでくれましたよね?」
「……………」
「私のことがものすごーく心配だったっていうことですよね?」
「……悪いかよ」
「ううん。ものすごーく嬉しかったよ。冬獅郎」
そう言うと、はにっこり微笑んだ。
とても嬉しそうな、とても幸せそうな笑顔だった。
終