気付いたら一人だった。
知っている人なんかいなかった。
"アイツ"しか知らなかった。
それなのに、"アイツ"は私に行き先を告げずに消えてしまった。
ずっと待っていたけど、帰ってこなかった。
一日、また一日と、過ぎていく。
一人きりの生活で、私は弱くなっていった。
"アイツ"がいない。
また独りぼっちになった。
そう思ったら、怖くなった。
私は一人きり。私は独りぼっち。
そんな私の居場所はどこにもない。そう思っていた。
あの子に会うまでは…。
「こんにちは」
私の家に女の子がやってきた。
真っ黒の髪の毛。真っ黒の瞳。真っ黒の着物。
その子は死神だった。
話しかけてくれたのに、私は緊張して口篭ってしまった。
でも、その子は笑っていた。
怒っても呆れてもなくて、私に優しく微笑んでいた。
「私は。あなたの名前は?」
「………松本……乱菊…」
「乱菊か!可愛い名前だね!」
その子・はそう言って笑った。
とっても可愛くて、でも、とっても綺麗な笑顔だった。
見惚れてしまうくらいの笑顔は私の心に強く残った。
それから、はいろんなことを話してくれた。
死神のこと、上司のこと、部下のこと。
私は相槌を打ちながら、の話を聞いていた。
時間はあっという間に流れていった。
気付いたら周りは紅く染められていた。
私は『楽しいと思えば思うほど、時が経つのは早いって本当だったんだ』って実感した。
「さてと。そろそろ戻らなくちゃ」
そう言うと、は立ち上がって着物をぽんぽんって叩いた。
私も同じことをして、のほうをじっと見る。
そして、私は思い切って、に言ってみた。
「……また、会えない…?」
また会いたい。もっと話したい。
こんなことを思うのは初めてだった。
は驚いた顔をしていたけど、小さく笑って言う。
「会いに行きたいけど、それは無理だな。死神の仕事って結構忙しいんだ」
「……そう…なんだ……」
に『無理』と、はっきりと言われて、私は落ち込んだ。
でも、の話には、まだ続きがあった。
「でも、会うのは簡単だよ」
「えっ?」
「あなたが死神になればいいの」
「私が……死神に?」
突然の言葉に、私は驚いた。
死神になるなんて、今まで考えたこともなかったから。
は私の胸に手を当てて、言う。
「大丈夫。あなたには力がある。死神になる力が、自分の居場所を見つける力が、ここにちゃんとある。だから、こっちにおいで」
とても真剣な顔で、とても真剣な瞳で、は言う。
怖くはなかった。怖いなんて思わなかった。
のことをまっすぐ見つめていた。
目を覚ますと、執務室の天井が一面に広がった。
乱菊がゆっくりと身体を起こすと、
「ただいま戻りました!」
がやってきた。
は、茶色い紙袋を抱えて、満面の笑みを浮かべている。
乱菊はそんなに尋ねる。
「おかえり、。その中身はなぁに?」
「たい焼き!阿散井におごってもらったんだ!一緒に食べよ!」
「本当?やったー!ありがと!!」
感極まりを抱きしめようとする乱菊だが、その寸前で止めた。
せっかくのたい焼き。潰したくはなかったから。
「じゃ、お茶淹れてくるわね!」
「ありがと!乱ちゃん!」
とても楽しそうな乱菊とだが、物凄く不機嫌な人物が約一名。
「てめえら!いい加減にしろ!!」
ご存知、十番隊隊長・日番谷冬獅郎である。
業務中であるのにもかかわらずお茶会を始めようとする二人に、堪忍袋の緒が切れたのだ。
だが、当の二人は……。
「たいちょー。そんなに怒らないでくださいよー」
「すぐ怒るのは子供のすることですよー?」
全く反省していない。
日番谷の怒りはさらに大きくなるが、二人は気にしていない。
「お茶淹れたわよー」
「はーい!ほら、隊長も!一緒にたい焼き食べましょう!」
「俺は要らねぇ」
はっきり「要らない」と断り書類に手を伸ばす日番谷だが、それはの手によって止められた。
日番谷を無理やり席を立たせ、ソファのほうへと移動させる。
日番谷は大きくため息をついたが、素直にソファに座った。
反論するのも疲れたらしく、たい焼きを食べ始める日番谷。
それを見て、と乱菊はとても嬉しそうに笑っていた。
十番隊は今日も平和だ。
終