稽古




は朝早く起きて身支度をし、十番隊隊舎修練場へ向かう。
誰もいない修練場に着くと、はまず座禅を組み目を閉じた。
稽古に入る前に精神統一をしているのだが、全く心が落ち着かない。
心臓がドクドクと鼓動し、刀がカタカタと音を立て、に語りかけている。
は、小さくため息をつき、それに答えた。

「どうしたの?曼珠沙華」
「退屈だ」
「それは私も同じ」


最近、は退屈だった。
原因は、以前よりも任務の数が減ったこと、事務処理をする時間は増えたことだ。
十一番隊のように戦うことに生きがいを感じているというわけではないけれど、
毎日書類の山と格闘の繰り返しは退屈だった。
早朝稽古をするようになったのも、自分の心を紛らわせるためだ。
稽古を始めてから毎日欠かさず行っているが、一人でできることは限られてしまう。
隊士たちに「一緒に稽古しない?」と誘っても「自分では相手にならない」と断られてしまうことが多く、
了承を得たとしても稽古する相手として物足りなかった。
日番谷や乱菊ならそうならないだろうが、二人は自分以上に忙しい身。
自分のわがままのために二人の時間を奪うことはできない。


「このままでは確実に腕が鈍るぞ。我も、お前も」
「相手がいれば少しは違うと思うけどね」

がそう言うと、曼珠沙華の口元が上がる。
とても美しく、とても妖しい微笑みだった。

「……なんだか、すっごく怖いよ?」
「我が相手をしてやろう。そうすれば腕が鈍ることもないし、退屈することもない。一石二鳥だろう」
「相手をするって……どうやって?」
「具象化してに決まっているだろう」

具象化。
斬魄刀の本体を死神のいる世界に呼び出すこと。
卍解を会得するためには必要不可欠なことである具象化。
卍解に至るのが困難だとされている理由は、具象化に至るのがとても難しいからだ。
は今の自分に曼珠沙華を具象化する自信がなかった。
『自分にできるわけがない』と思っていた。
けれど、曼珠沙華は言う。

「お前が望めば我はそれを叶える。我を信じろ」

の願いを叶える、と。自分を信じろ、と。
曼珠沙華の言葉はの心に響いた。
は曼珠沙華の想いを受け取り、そして……。


「目を開けてみろ」


そう曼珠沙華に言われ、はゆっくりと目を開ける。
すると、の視界に艶やかな紅が広がった。
それは間違いなく、の斬魄刀の本体、曼珠沙華だった。
驚きを隠せないに、曼珠沙華はにぃっと笑みを浮かべる。

「言っただろ?お前が望めば我はそれを叶えると」

曼珠沙華は刀を手にして、構えた。

「さぁ、はじめよう」

曼珠沙華は、相変わらず笑っているが、その全身は殺気に溢れている。
それを見たは直感した。
今、曼珠沙華は自分のことを主としてではなく、敵として見ていると。
久しぶりの感覚に恐怖はあったが、それよりも高揚感のようが大きかった。
も刀を構え、曼珠沙華を見つめる。
どちらも動かない。いや、動けない。
下手に動いたらやられると分かっているからこそ、お互い動けなかった。
刹那、二人は同時に刀を交える。
笑みを浮かべたまま、どちらも戦いを楽しんでいた。










 (08.07.16)

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