十番隊隊舎執務室には来客がたくさんやってくる。
そのほとんどは遊びやサボりに来る者だったが。しかも仕事中にも関わらず。
五番隊の雛森桃もその一人だった。
「聞いてよ!日番谷君!」
許可も得ず扉を開けて中に入ってきた雛森。
いつもなら日番谷の怒声が響くのだが、この日はそれがなかった。
その代わりに、
「隊長ならいないわよー」
乱菊の声がした。
雛森が視線を横にずらすと、長椅子に乱菊の姿があった。
寝転びながら瀞霊廷通信を読んでいるところだったらしい。
雛森はもう一方の長いすに座り、小さくため息をついた。
「そうなんですか。ガッカリだな」
「まっ、すぐに戻ってくるわよ。ここで待ってたら?」
「じゃ、お言葉に甘えて」
その後、乱菊はお菓子を持ってきて、雛森はお茶を淹れた。
二人の楽しいお茶会。
どちらもおしゃべりが好きなので話題は尽きず、時間はあっという間に過ぎていく。
「そういえば、十番隊の三席ってどんな人なんですか?」
「あれ?会ったことなかった?」
「はい。私がここに来るとき、いつもいないんですよね」
「あの子、すごく真面目だから。隊長と同じくらい仕事熱心なのよ」
雛森が詳しい話を聞こうとした瞬間、
「ただいま戻りました」
執務室に噂の人物がやってきた。
乱菊は手を振り、笑顔で出迎える。
「、お帰りー。お茶飲む?」
「お茶もいいんですけど、乱菊さん。お願いしたお仕事は終わりましたか?」
「…………」
「必ずやってくださいね?今日中に提出ですよ?」
「ほらね?隊長に負けず劣らずの真面目っ子でしょう?」
乱菊は逃げるように雛森のほうを見た。
助けを求めているのだが、雛森はそれに気付いていない。
のことをじーっと見つめた後、とても嬉しそうに笑い、を抱きしめた。
「先輩!」
「相変わらずだね、桃ちゃん」
突然、雛森に抱きしめられても驚きもしない。
乱菊はそんな二人を不思議そうな顔をして見ていることしかできなかった。
真央霊術院には様々な実習がある。
中には上級生と下級生が合同で行う実習もある。
と雛森が初めて会ったのも、合同実習――上級生一人、下級生三人で組手をする隠密機動の演習――だった。
在学中はよく会ってともに稽古をしていたが、入隊してからはなかなか会うことができなかった。
「イヅル君と恋次君は元気?みんなどこの隊にいるの?」
「吉良君は私と同じ五番隊で、阿散井君は十一番隊です。みんな元気ですよ」
「そっか。みんな頑張ってるんだね」
が吉良や阿散井に会いに行こうかと考えていると、
「おい。何遊んでんだ」
日番谷が執務室に戻ってきた。
その眉間には深々と皺が刻まれている。
「たいちょー!おかえりなさーい!」
「おかえりー!」
「雛森、またサボりかよ…」
「つれないなー、日番谷君。せっかく遊びに来てあげたのにー」
「いつまでそんな呼び方する気だよ?俺、もう隊長なんだぜ?」
は、仲良く話している日番谷と雛森を見つめながら、自分の心が痛むのを感じていた。
『どうして?この気持ちは何?』
自分自身に尋ねても、答えは出てこない。
「?どうした?」
「先輩?」
ずっと黙っているを心配して、日番谷と雛森が声を掛けてきた。
は小さく微笑み、言う。
「なんでもありません」
そして、は自分の机の上に置いてある書類を持ち、もう一度微笑んだ。
「この書類を提出してきます。隊長は少しお休みになってください。副隊長はお仕事してくださいね。
ゆっくりしていってね、桃ちゃん」
足早に執務室から立ち去る。
そのときにはもう、に笑顔はなかった。
いつだって笑っていたい。
日番谷の前では笑顔でいたい。
そう思っていたのに、そう自分に決めたのに、できなかった。
笑顔でいようとしても、作り笑顔になってしまった。
それは、日番谷と雛森を見た瞬間から、ずっと。
笑い合う二人を見ているだけで泣きたくなってしまうその感情は……嫉妬だった。