休んで欲しい




「日番谷隊長、おはようございます」
「おう」

日番谷が執務室に来たらがいた。 書類を整理していた手を止めて、は笑顔で朝の挨拶をする。
に挨拶を返し、自分の席に着く日番谷。そのときに執務室を見回すが、乱菊の姿はどこにもなかった。

「松本はどうした?」
「『昨日の飲み会で飲みすぎて今日は二日酔いなの〜』と言っていました」
「あの野郎…」
「午後から出勤するそうです」
「絶対、減給にしてやる」

そう心に決める日番谷を見つめながら、は苦笑いを浮かべていた。
今月の給料日、金額を見て驚愕する乱菊の姿を想像したせいだろう。

「仕事するか」
「はい。今日も一日頑張りましょう!」
「ああ」

さっそく今日の業務を開始する二人。
書類に目を通していくだったが、


「あっ」


日番谷の声が聞こえ、書類から日番谷のほうへと視線を移した。
は「どうしました?」と尋ねようとしたが、日番谷に先を越された。

、今すぐ四番隊に行け」
「えっ?」
「卯ノ花がお前のことを呼んでいた。診察したいそうだ」
「診察ですか?私、元気ですけど…。仕事もたくさんありますし」
「お前が行かねえと俺が卯ノ花に文句言われるんだよ。早く行って診てもらってさっさと戻って来い」

日番谷の命令のような強い口調はに頷くことしか許さなかった。

「分かりました。すぐ戻ってきます」
「ああ。行って来い」
「行ってきます」



は四番隊へと歩いて向かった。
本当は瞬歩を使って早く行きたいのだが、診察してもらうということで我慢している。
それでも逸やる気持ちと一緒に身体も早歩きになってしまう。

『早く戻って仕事しなければ』

一人で仕事をしている日番谷の姿が脳裏に浮かび、さらに歩く速度は増す。
その結果、四番隊に着く頃、は息が切れている状態になってしまった。
息を吸っては吐き、心と体を落ち着かせた。
そして、四番隊の隊士に声を掛けて笑顔で尋ねる。

「十番隊第三席です。卯ノ花隊長はいらっしゃいますか?」
「卯ノ花隊長は所用で席を外しています。こちらでお待ちください」

はお礼を言おうとしたが、彼はそれを聞かずにどこかへ行ってしまった。
一人残されたはきょとんとしながら彼の背中を見つめていた。
四番隊・綜合救護詰所の受付をしている彼。
も何度か会ったことがあるのだが、今回のような対応は初めてだ。

『私、彼の気に障ることしたかな?』

は、自分の行動を思い返すが、特に思い当たることはない。

「お待たせしました」

そこへ、卯ノ花が戻ってきた。
温かい笑みを浮かべる卯ノ花にも笑みを返そうとするが、それはいつもと比べてとても小さく、
無理して笑っているのは明らかだった。
卯ノ花は気付いていたが、そのことについては触れなかった。
変わらない笑みを浮かべたまま、

「では、診せてもらいますね」

そう言うと、卯ノ花はの身体に手を当てた。
その間、はゆっくりと目を閉じる。
身体に温かい感覚が伝わってきて、暗い気持ちがほんの少し消えた気がした。
診察を終えて、卯ノ花はその結果をに告げる。

「大丈夫です。問題ありません」
「ありがとうございました」
「あなたは優れた治癒能力をお持ちのようですね。ですが、あまり無理はしないように気をつけてください」

は「はい」と答え、笑った。
卯ノ花は、そんなの頭を優しく撫でて、優しく言う。

「無理してるということは自分では分からないものです。『無理してる』と気付いたらその人に教えてあげてくださいね」

卯ノ花の言葉を聞いて、は真っ先に日番谷のことを思った。
日番谷はとても真面目で、けれど、とても不器用な人。
誰かに頼ることができなくて、一人でやろうとする。

「ありがとうございます。卯ノ花隊長」

は、卯ノ花にぺこりとお辞儀をして、診察室をあとにした。
瞬歩で十番隊隊舎へと向かう。
早く日番谷のもとに行くために。早く日番谷に休んでもらうために。



「ただいま戻りました」
「おう」

が執務室に戻ると、日番谷は黙々と仕事をしていた。
机の上にあった書類の山が減っていることにすぐに気付いた
目に見えて分かるということは、かなりの量の書類が減ったということ。
は日番谷が休憩をしていないという結論に至った。

「隊長、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「少し散歩しませんか?」
「はあ?」

の突然の申し出に日番谷は驚いているようだった。
そんな日番谷には笑顔で言う。

「せっかくのいい天気ですし、執務室にいるのはもったいないです!」
「…………」
「残りの仕事は乱菊さんに頑張ってもらいましょう!」
「…………」

ずっと何も言おうとしない日番谷。
はだんだん不安になってきてしまった。

『やっぱり無理かな?』

言わなければよかったのかもしれない。
「散歩しませんか?」よりも「私が仕事します」と言ったほうがよかったのかもしれない。
いまさら後悔しても仕方がないことは分かっているのだが、がそんなことを考えていると、

「散歩、行くか」

日番谷はそう言って席を立った。
信じられなくて、それ以上に嬉しくて、は涙が出そうだった。
そんなの目の前へと移動すると、日番谷は小さく笑った。

「もちろんお前も一緒に行くんだろ?」
「……はい!」










 (08.07.07)

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