前は仕事が終わって自分の部屋に戻るときが一番嫌いだった。
誰もいない部屋は暗く冷えきっていて、すごく居心地が悪かった。
自分しかいない部屋は耳が痛くなるほど静かから。
そんな中にいると『俺は独りなんだ』と考えてしまうから。だが、全部昔の話だ。
「おかえり。冬獅郎」
「ただいま」
「ご飯できてるからすぐに食べれるよ。それともお風呂先に入る?」
「メシにする。腹減った」
「りょーかい!」
今は違う。俺の帰りを待っててくれる奴がいる。
「おかえり」と言ってくれる奴がいる。
だから、もう俺は自分が独りなんだ、なんてこと考えない。
「どう?」
「美味い」
「本当?よかったー!」
メシを食っているとき、はいろんな話をする。
買い物したらおまけしてもらったとか、帰り道で黒猫を見掛けたとか、今日のおかずは自信作だとか。
そんな他愛のない話を、とても楽しそうに話す。
一方、俺はあまり話さない。
話すのが苦手、というのもある。だが、一番の理由はの話を聞いていたいから。
何があったのか、何を感じたのか。俺に伝えようとしていること全部、知りたかったから。
それでも、たまに聞き返すことはある。
そんなとき、はとても嬉しそうに笑いながら、俺の問いに答えるために話す。
俺はまたの話を聞く。俺たちの会話はそれの繰り返し。
時間はあっという間に過ぎていく。
食べ終えた食器を片付けると、居間に移動して二人でのんびりと過ごす。
そのときも話をするのはだ。の話は尽きないし、俺も聞いてて飽きることもない。
「あ、そういえば、今日は乱菊さんからお茶っ葉もらったの。今、入れてくるね!」
そう言って、お茶を入れに台所に向かう。
一人になった俺は、特にすることがなくて、目を閉じてそっと耳を傾けた。
台所の方から聞こえてくる鼻唄。それを聞いているだけで胸の辺りが温かくなっていく。
幸せだ、と心から思った。だからこそ……。
「なぁ、」
「なぁに?」
「今度お前の両親に挨拶しに行っていいか?」
ガシャン
闇の中に突如響いた音。手に持っていた食器を落としたのだろう。
目を開けて立ち上がると、台所の方へ移動する。
まずは怪我してないか確認。食器は割れてないし、大丈夫のようだ。
だが、ほっとしたのはつかの間だった。
「…なんて顔してんだよ」
「……だって…」
の顔を見て、吹き出すように笑ってしまった。
耳まで真っ赤になったを見るのは久しぶりだったから。
「ホント、可愛い奴」
包み込むように、を抱き締める。
今のを他の誰にも見せたくなかった。ここにいるのは俺たちだけだけど。
自分と、二つの鼓動が伝わってくる。
「ねぇ、冬獅郎。さっきのは…」
「決ってんだろ。『さんを俺にください』って言いに行くんだよ」
俺のそばにいてほしい。心からそう思うから。
と二人で、これからもずっと歩んで生きたいから。
最初、は驚いた顔をしていたけど、それも次第に薄れていって、最後は最高の笑顔を俺に見せてくれた。
「私の全部、冬獅郎にあげる」
「一生大切にするからな」
終