風に踊る髪の毛、眩しそうに空を見上げた透けるような瞳。
小走りのせいで途切れた呼吸とそれに合わせて上下に動いた肩。
髪の毛をかき上げた細い指先は俺のと比べてずっと上品気で。
「入隊式なのに遅れて申し訳ありません」
そう俺に言った時の声はあいつが見上げた空のようにすんでいた。
恥ずかしそうに微笑んだ時の頬の紅みは華を思い出させた。
自分の鼓動が高鳴るのを確かに感じた瞬間だった。
それなのにー。
「あれ・・・ 冬獅郎っ? やっぱり冬獅郎だぁっ!」
なんて事を他の隊員の前で声を大にして俺に飛びついてきやがった。
「うわ・・・っ 馬鹿っ 離れろよっ!」
そう言って嫌がって見せたけど本当は嬉しかったんだ。
ずっと昔、俺が学院に入ってから残してきたの事が心配だった。
は俺が傍にいないと何もかもが中途半端ですぐに諦めていたから。
だから子供の頃から俺はの傍にいつもいてやった。
俺がいなきゃこいつはだめなんだって、そんな事を思っていたから。
そのが学院から卒業して護廷十三隊に入ると知った時に俺は決めた。
は絶対に十番隊に入れるんだ、と。俺が傍にいてやるんだと。
そんなは、席官として入隊出来た実力はどこにあるのか不明。
おまけに良く考えてみればどうやって卒業出来たのかさえ不思議。
それでもちっとも変わっていないとこうして一緒にいれる事は・・・ 嬉しかった。
そして、ある日、いきなりの両親からの面倒を見てくれと頼まれたのは
あの入隊式から数日後。幼馴染のよしみで頼まれてはくれないか、と。
寮とはいえ、一人にしておく事が心配だと。その気持ちは痛いほどに分かるが・・・
俺の所に住まわせて欲しいと頭を下げて頼まれた時はさすがに戸惑った。
だが、色々と世話になったの両親からの頼みを断る事も出来ず
部屋なら幾らでもあるし、俺は仕事で忙しいし、きっと一緒に住んだとしても
顔を合わせる事はないだろうと俺はと一緒に住む事に。
俺がその決断を後悔したのはの癖が出来てからだった。
酔っ払うたびには昔の俺達の話をしたくなるらしく
話をしながら俺の部屋で寝るようになった、そんな癖・・・
毎回、酔っ払っているを抱えて部屋へ連れて行くのも
面倒になりそのままを寝かせるようになった俺も悪いんだろうけど。
「冬獅郎・・・」
「・・・・・」
「冬獅郎・・・ ねぇ、ちょっと・・・」
「・・・ んだよ」
久しぶりに取れた休日。俺の予定は寝る、寝る、寝るだった。
それなのに昨日の夜、酔っ払っていつものように
隣で寝ていたはずのに揺すられて起こされた俺。
「朝ご飯・・・」
「は?」
「朝ご飯作って?」
「自分で作れよ、俺は休みなんだ」
「でも、頭が痛くて・・・」
「昨日あんなに呑んだお前が悪い、自業自得だろ?」
とは言い返してみたものの、唸りながら寝返りを打ち
わざと俺の体の上に乗り上がるとまだ酒臭い溜息をつかれ
結局は俺が起きて朝飯を作っているんだから俺の意志も弱い。
「ほら、さっさと食って出勤しろ」
「分かってる・・・」
分かってる割には箸の進みが殆どない。
顔だけはしっかり洗ったらしいが死覇装は着崩れてるし・・・
髪の毛も寝起きを象徴している。
「、お前髪の毛ぐらいなんとかしろよ」
「ヤル気が全くありません・・・」
そう言ったかと思うと朝飯が並ぶ台の上に顔を伏せた。
仕方がなく櫛を取りに行き、御飯を食べろと急かしながら俺が世話をする。
髪の毛をゆっくりと痛くないように梳いてやった俺。
俺はこいつの母ちゃんか・・・ 頭の中でそう愚痴りながら。
なんとか食べ終わった朝飯の後に出勤しようとする。
玄関の所で引き止めて着崩れたままの死覇装を整えてやると
はそのまま俺の腕の中に倒れこんできた。
「ったく、何やってんだよ、遅れるぞ」
「やだ・・・ 冬獅郎と一緒にいたい」
「二日酔いだから言ってるだけだろ、ほら、さっさと行って来い」
「冬獅郎の・・・ 鬼・・・」
鬼と言われようともに仕事に行って貰わなきゃ俺が困る。
まず、席官のにはちゃんと仕事をして貰わなきゃ
明日俺が仕事に戻った時に俺の仕事が増えている。
それから、もしが家に残れば世話を焼く事になっちまう事が目に見えてる。
って事は、せっかくの俺の休日が台無しって事になるわけだ。
だから俺は必死にを仕事に送り出し、もう一度寝ようと
寝室に向かって廊下を歩いていたんだが・・・
なんなんだ、この家の汚さは!
と一緒に住むようになってからまともに掃除もしていない事に気が付く俺。
でも、もう一度、どうしてもゆっくり寝たい気持ちが
俺に家の中を見るなと叫んでいる、のに・・・
俺・・・ どうして洗濯なんかやってんだろう。
おまけに洗濯物の合間に玄関の回りも掃き掃除してるぞ。
おかしいだろう、俺は確かもう一度寝る予定を立てていたはずだ。
でも、仕方がなく洗濯を終えてから適当に何か食って昼寝をする事に。
そう思ったはずなのにどうして俺はの二日酔いを気にしているんだ?
きっとあっさりした物が食いたいだろうとか思いながら何を作ってるんだ、俺はっ?!
「あれ・・・ 隊長?」
「今日はお休みの日じゃなかったんですか?」
「日番谷隊長、緊急会議か何かですか?」
「出撃命令でも出たんですか?」
休みのはずの俺が風呂敷に包まれた弁当箱を持って現れたんだから
隊員達は一体どうした事かと俺に聞いてくるが俺は「いや、別に・・・」と俯いた。
ただそれだけしか言えない。まさか二日酔いの席官、に弁当を、なんて。
そんな事はどうしても言葉にしたくはないがために。
案の定、は机の上で顔を伏せて・・・ 寝ていた。
そのを起こすと俺を見てびっくりしていたが弁当を見て喜んだ。
ちょうど昼休憩だし、そう微笑んだと二人で丘の上まで。
キラキラと輝く緑色の葉っぱが茂った大木の元で弁当を開ける俺。
それを見て嬉しそうに左手にはむすび、右手には玉子焼きの。
「箸ぐらい使えよ」
「でもさっき吐いたら急にお腹空いちゃったから」
「吐いたのかっ?!」
「うん、でも吐いたらすっきりした」
若さのおかげか、それとも人一倍健康なの体の仕組みか。
二日酔いで吐いてここまで腹を空かせる奴は滅多にいない・・・
特に松本には絶対にないことだ、一瞬そう思ってしまった。
そしてまるで珍しいものでも見るようにを見ている俺。
「ん? どうかした?」
「いや・・・ 別に・・・」
「そういえば今日は久しぶりの休みでしょ?」
「あぁ」
「一日中寝たいって言ってなかった?」
「言った、何度も何度も」
「じゃ、どうしてここに? 寝れないの?」
「誰かさんに起こされたんだっ」
「え、私?」みたいな顔をして自分を指差すの頬はむすびで一杯。
その姿に呆れていると恥ずかしそうに微笑んでもう一口むすびを口に入れた。
なぁ、。その笑顔が・・・ 疲れている俺を癒してくれるって知ってるか?
一日中寝ているつもりだったのに頑張って良かったって思わせるんだ。
お前のために起きてて良かったって、そう思わせてくれるんだ。
そんなが愛しくて思わず手を伸ばしてみると
「冬獅郎も食べたいの?」とむすびを差し出してくる。
「いや、そうじゃない」って答えての頭の後ろに回した手を引き寄せると
ちょうど良くのおでこが俺の肩に当たってふわりとの香りが漂った。
思わず取ってしまった自分のその行動に戸惑っていたが
は俺を見上げるとただ微笑んだだけだった。
は俺がいなきゃきっとただのだらしない奴なんだろうと思うと
自分の存在が途轍もなくの中で大きく思えて嬉しくなる。
自意識過剰とも言えるんだろうがそれでも・・・ その嬉しさが隠せない。
俺の肩に当たってるのおでこにそっとキスをしてしばらくこうしていたい。
そう思ったのにー。
「ごめん、急いで食べたからげっぷが出ちゃった・・・」
なんて事を言いながら笑ってるやがる。
おまけに弁当を食い終わったは俺に寄り添ったまま寝ちまった。
必死に起こして仕事に戻らせようとしても起きてはくれない。
結局、俺がの仕事することになり
「には甘い日番谷隊長」なんてくすくす笑われながら午後を過ごした俺。
何も言い返すことが出来ずにプライドを飲み込んで仕事をする俺。
やっぱりあのまま寝てりゃぁ良かった・・・
そう思いながらふとソファーの上で寝ているを見ると
いい夢でも見ているかのようにっこりと笑っているように見えた・・・
「冬獅郎・・・」そしてかすかにがそう俺の事を呼んだのも聞こえた。
結局俺は・・・ お前がそうやって笑ってくれてるだけで充分なんだ。
そのためにお前を俺の隊に入れた事がお前にバレたら・・・ お前はなんて言うんだろうな。
愛しさの故
ただ、笑ってくれるだけで。
ただ、俺の名前を呼んでくれるだけで。
それだけで充分なんだ。
ずっと、ずっと昔から、お前の傍でその笑顔を見れるだけで・・・
written by 心
colors of emotion・二周年記念・冬獅郎
10/03/08