「あら。雪降ってきた」

静かだったリビングにふいに響いた母親の声。
その声には、長い時間本へと落としていた視線をようやく上げた。

「ほんとだ」

「なんだか積もりそうな雪ねぇ」

車のワイパー上げておかなくちゃ、と慌しくコートを着込んで外とリビングを
直接繋いでいるドアを開けた母親の間から冷たい風が部屋の中へと入り込む。

「さむ…」

暖まった室内との温度差につい体が小さく震えた。
ふわふわと落ちるよりゆっくりと舞う雪をガラス越しに暫し見つめた視線は
そのままテーブルに置かれた自分のケータイへと流れ、そして零れた無意識の溜息。

あいたい、と言いたくて言えなかった。

きっと、優しい彼のことだから会いたいと言えば無理をしてでも帰ってくる。
にはそう言い切れるだけの確信があったし、それだけの時間を彼と過ごしてきた。
だからこそ、我侭は言えない。彼を困らせることは自分自身が許さない。

「嫌になる」

本当に嫌になる。今さら後悔している自分にも、またこんな事にいちいち悲観してしまう自分にも。
何ともいえない深い深い憂鬱感には一気に重くなった体をソファへと倒した。
本の続きでも読もうかと考えるふりをして、思うのは彼の事ばかり。
そしてふいに夢見るように思い出したのは、彼と過ごした高校生活と、その後の別れだった。


最後まで進路を悩んだ日番谷の背中を押したのはだった。
学びたいことがある、といつか日番谷は言っていた。
けれど同時にと離れるなんて考えたくもないと眉を寄せて彼女を抱きしめた。

本当に好き。だから冬獅郎の邪魔はしたくない。
それがが出した答えで、日番谷が苦渋に飲んだ答えだった。

それから日番谷は第一希望の大学に早々と合格。
も以前から希望していた地元の企業に就職が決まり、二人は初めて遠く離れた。


不安だと、口に出せば泣いてしまう。
会いたい、触れたい、キスしたい、好きだとたくさん伝えたい。
大晦日の今日、鐘は人々の煩悩の数だけ鳴ると言うけど、
日番谷を思えばにはとても数え切れるものじゃない。

「とうしろ」

呟いて思わず潤みそうになる目元に両腕押さえつける。
冷たい風は彼の温もりが恋しくなるから嫌いだとは思う。
ピンポーンと遠くで聞こえた玄関のチャイムに、仕方なく重い体を起こした。
おそらく外で大雪対策に勤しんでいた母親だろうと念のためタオルを掴んで向かえば
もう一度鳴るチャイム。

「もう、お母さんそんなに鳴らさなくても聞こえてるってば…」

「俺はお前の母さんじゃねぇ」

「…え、」

ガチャリとドアを開けて小言を零せば、見覚えのある銀色に甘いテノール。
母親に渡そうと思っていたタオルがパタリと手から滑り落ちた。

「なんで…?」

「なんでだと思う?」

「わ、からない」

呆然と、けれどだんだんと目を潤ませてゆく彼女と楽しげに軽く笑い声を上げた彼。
悪戯な声が甘さを含み、次の瞬間にはは日番谷の腕の中だった。

「お前が会いたいって言ってくれねぇから」

「だ、って」

「わかってる。俺に迷惑かける、とか思ったんだろ?」

「…ん」

「バカだろ」

「うん、」

「お前が思ってる以上に、俺はが好きなんだぞ」

「うん…っ」

「で?は俺が好きか?」

背中に回されていた腕が緩み、額と額がくっつく。
赤くなった鼻先が触れ合っての涙が一粒、日番谷の頬を滑った。

「だい、すき…っ!!!」

涙で詰まった声にありったけの気持ちを込めて。
嬉しそうに笑った日番谷の唇が優しくを塞いだ。






今日も明日もこの先の未来も、
ずっと君に続けばいい。