それは、甘く香ってた白い花びら。


ゆっくりと落とされたオレンジの照明に、にわかに会場はざわめきだした。

「只今より、新郎、新婦の入場です。皆様、盛大な拍手でお迎えしましょう」

ウエディングプランナーのアナウンスと共にスポットライトが大きな扉を照らす。

―――ワアァァァ――――!!!!

鳴り響く拍手の中、一瞬の静寂。
そして、次の瞬間には会場は大きな歓声に包まれた。

シンプルなスレンダーラインドレスと纏められた髪の上で上品に輝くシルバービーズのワイヤーボンネ。
新郎と腕を組み、俯き加減にゆっくりと歩く新婦――は誰もが見とれるほど美しかった。

「すごいっ!!さん、超キレーー!!!」
「うわっ!腕細っ!ウエスト細っ!!!羨ましいー」

方々から上がる賛美の声と、盛り上がりはじめた会場の隅。
白で統一されたテーブルの一つからその様子を見ていた日番谷は
拍手をするでもなく、歓声を上げるでもなく、ただ静かにを見つめていた。


今日、はある大企業の若きエリートと結婚する。
白を纏い、永遠を誓い、一生を彼に捧げる。


そうして、自分ではない男に腕を引かれたは、何よりも誰よりも残酷に艶やかだった。






日番谷がに出会ったのは去年の春。

日番谷が住むマンションの隣室にが引っ越してきたのがきっかけだった。
彼女とは偶然にも同じ地方の出身。たまたま趣味も好みも一緒。

そうして二人は偶然に、たまたま、恋をした。

日番谷はの経歴というものをほとんど知らない。話してくれたことも、尋ねることもなかった。
どこの家に生まれ、どういった生活を過ごし、どうしてこの街に来たのか。
それらのどれも日番谷には知る術もなく、知る必要もなく、気にすることでもなかった。

ただ、二人にとって重要だったのは、囁く愛の科白と重ねた肌の滑らかさ。
突然に現れたの「婚約者」でさえ、日番谷には想像すら出来るものではなかった。






「それでは、新郎・新婦それぞれのご友人からお祝いのお言葉です」

そのアナウンスにぼんやりと漂わせていた思考を目の前の祭式に戻す。

「えー、新郎の永谷くんとは高校時代から――」

二人の祝福を祝う祝辞と時々湧き起こる笑いや冷やかしの声。それらを聞き流しながら、
日番谷はゆっくりとした足取りで華やかに飾られた最前列、新郎新婦のロングテーブルに向かう。

「では続いて、新婦のご友人は日番谷冬獅郎さんからお祝いのお言葉を頂きましょう」

プランナーの簡単な紹介と共に湧き起こる拍手。当てられる強い光に目を細めつつも、
日番谷は横に控えていたホールスタッフからマイクを受け取った。


「先ほどご紹介に与りました、新婦、さんの友人。日番谷冬獅郎です」

いったん、言葉をそこで切って控えめに会釈。そして壇上の二人に視線を向けた。
―――は、ただ俯いていて、日番谷には彼女の表情を窺うは出来なかった。

「……今日は、さんにどうしても渡したものがあり、持参しました。
お渡し、しても宜しいでしょうか?」

日番谷のその言葉に弾かれたようにが顔を上げる。

日番谷と視線を絡ませた、その顔は。
誇らしげ微笑む幸福の新郎とは打って変わって、今にでも泣きだしそうな憂いの表情だった。

一瞬の沈黙をおいて、日番谷がの前に立つ。
そして胸元に飾られたポケットチーフを取り出すと、丁寧に包まれた数個の小さな花を取り出した。

「これ、は?」

戸惑うに、日番谷はふっ、と微笑む。

「マグノリア。お前の部屋から勝手に取ってきた」

「え、」

「お前、好きだって言ってたろ…?だからどうしても今日、渡したくて」

マグノリアを持った手とは逆の手で、白く包まれた手を握る。
そして日番谷は、マグノリアを見つめ、目を潤ませるに静かに語り始めた。

「…本当は今日。こんな式、来たくなんてなかった」

「…っ!!」

「何が悲しくて、お前のウエディングドレス姿なんて見なきゃいけないんだ」

「……うん」

驚愕の表情を浮かべる新郎と再びざわめきだした会場。
それらを一切構うことなく、日番谷はを、は日番谷を見つめ続ける。

「すっげぇ悩んで、考えて。でもやっぱりこんなの、納得いかねぇよ」

「うん、」

「だから、さ」





のこと、奪いに来た」





不敵に優しく口元を緩めて、泣きじゃくるの手を強く握った日番谷が一気に駆け出す。

騒然と騒ぎ出した式場と、うろたえて無意味にの名を叫び続ける新郎。

何一つ振り返ることなく二人は真っ白に塗られた階段を駆け下りた。


ノスタルジア



(離れるなら、会いにゆく。奪いにゆく)
(傍にいるなら、見事に散ってみせる)