俺が彼女に会ったのは、寒い冬の日だった。
任務で現世に来ていて、あっという間に終わって、尸魂界に戻ろうとしたときだった。
「こんにちは」
背後から聞こえた、声。
ビクッと身体を震えた。あまりに突然だったから、気配を感じなかったから、驚いてしまった。
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは少女だった。
温かな笑顔で、俺のほうを見つめていた。
澄み透った冬の青空のように、綺麗な瞳だった。
「……お前、俺のことが見えるのか?」
「ううん、見えないよ」
「はぁ?そんなわけ…」
「私、目が見えないから」
俺はまた驚いた。目が見えないことに対してか、それなのに俺の存在に気付いたことに対してか、分からない。
唯一分かることは、"何か"が俺の内で溢れていること。
「私は。貴方の名前は?」
「……日番谷…冬獅郎」
「ヒツガヤトウシロウ。トウシロウはどういう字書くの?」
「季節の"冬"に、獅子の"獅"、太郎とかの"郎"」
「トウシロウ。季節の"冬"に、獅子の"獅"に、太郎とかの"郎"」
俺の名前を繰り返す。
頭の中で一つ一つの文字を照らし合わせているようだ。
目が見えればそんな面倒なことしなくてもいいのに。だが、から笑顔が絶えることはない。
「"冬獅郎"」
とても嬉しそうに、はっきりと俺の名を呼ぶ。
俺はそれに答えずにの笑顔を見つめていた。
また、"何か"が溢れた。そのたびに胸の辺りが暖かくなっていく。
それが何なのか、どうしてなのか、分からなかったが…。
それからまもなくして、俺は再び現世にやってきた。
今度は任務じゃない。休みを取って、わざわざ足を運んだ。
その理由は、ひとつだ。
「冬獅郎君。こんにちは」
「……おう」
に会いたい。それだけだった。
待ち合わせ場所の公園にやってくると、は笑顔で俺を迎えてくれた。
芝生の上に腰を下ろして本を読んでいたが、俺に気付くとそれを止めた。
さっきよりも嬉しそうに笑っている。それだけで俺の口元は緩んだ。
久しぶりに穏やかな気持ちになれた。
「今日もいい天気だね」
「あぁ。すごく晴れてるな」
「んー、気持ちいいー」
そう言うと、芝生の上にごろんと横になる。
俺もと同じように寝転んだ。の言うとおり、すごく気持ちよかった。
目の前にはどこまでも澄み透った青空が広がる。と同じ水色で、すごく綺麗だった。
だから、言葉に出てしまった。
「今日の空、お前の瞳みたいだ」
「…………」
「……?」
突然黙り込んでしまった。
体を起こして隣を見ると、今まで俺に見せていた笑顔が消えていた。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
謝ろうとしたが、その前にが口を開いた。そして、ゆっくりと吐き出すように、は話し出す。
「父方のおばあちゃんが水色で、だから私の瞳も水色なの」
「…………」
「でも、色々言われるんだよね。『お父さんもお母さんも黒目なのに、どうして私だけそんな色なんだ』とか『血が繋がってないんじゃないか』とか。優性の法則、知らない人が多いんだよね」
「…………」
「目が見えなくなってからは『それはこの瞳だからじゃないか』って言われた。『触られたら伝染る』なんて馬鹿なこと言う人もいた」
辛かったはずなのに、今も癒えない傷なのに、それでもは笑っていた。
笑顔を崩すことなく、ただ淡々と話している。
聞きたくなかった。もうこれ以上、そんな顔を見たくなかった。
「だから、私はこの瞳が…」
「綺麗だ」
「……え?」
俺は、はっきりとした口調でもう一度言う。
自分の気持ちを言葉にするのは少し恥ずかしいけれど、これ以上に悲しい顔をさせたくないから。いつものように笑ってほしいから。
「俺はお前の瞳、すごく綺麗だと思う」
「…………」
「遠くにいても空を見上げれば、お前がそばにいるような気がする。キツイことがあっても、空の色がお前のことを思い出させてくれるから、頑張れる」
「……ッ!」
「俺はお前が好きだ。だから…」
"自分のことを嫌いにならないでほしい"
は泣いていた。声を出さず、ただ静かに涙を流していた。
俺がそれを拭ってやると、は小さく頷いて「ありがとう」と呟いた。
終