大好きな味




今日は二月十四日。
日番谷は朝から機嫌が悪かった。
その理由は…。


「なんで朝からこんなものがあるんだよ!」


執務室に大量の箱が置いてあったせいだった。
山ができるほどの『それ』からは甘い匂いがする。
「今年もすごい量ですねー。隊長、大人気ですねー!」
「……テメェ、人の話を聞いてねえだろ…」
日番谷の怒りが頂点に達したとき、


「失礼します。十番隊三席です」


が執務室に入ってきた。
かなり驚いたらしい。
口をポカンと開けながら目の前にある大きな山を見上げている。

「すっごいでしょー?全部バレンタインのチョコなのよー!」

自分のことのように自慢する乱菊。
日番谷の、落ち着いていたイライラが一気に爆発した。

「もういい!俺は隊首会に行ってくる!松本とはそれを片付けて仕事してろ!!」
「えー!!」
「隊長、行ってらっしゃい」

日番谷は不機嫌なまま執務室から出て行った。
少しひと息つくと、はさっそく片付けを始めた。
椅子を持ってきて上へあがり、一番上の箱から下へおろし、少しずつ山を崩していく。
床に溜まったら隣の仮眠室へと運び、また山を崩し、運ぶ。
黙々と作業するを見て、渋々ではあるが、乱菊も一緒に片付けを始めた。
も乱菊も手際よく作業を行っていたが、それでも一時間もかかってしまった。

「はあー。終わったーー」
「お疲れ様でした。仕事する前に少し休憩しませんか?」
「もちろん!」
「分かりました。お茶を淹れてきますね」

は給湯室へ移動し慣れた手つきでお茶を淹れて、お茶菓子と一緒に持っていく。
自分の机でうつぶせている乱菊の前に置くと、むくっと起きた。

「ありがとー!」
「どういたしまして」

乱菊に笑顔を見せた後、自分の席についてお茶を飲んだ。
疲れが取れていく気がする。

「そういえば、乱菊さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「んー?なぁに?」
「ばれんたいんってなんですか?」
突然の質問に、乱菊は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
それは未然に済んだが、乱菊は信じられない、という顔でを見た。
対しては不思議そうに首をかしげていたが。

「アンタ、バレンタイン知らないの?」
「はい。一番隊ではそういう行事はありませんでした」

十番隊に来る前、は一番隊にいた。
厳格な隊士ばかりで正義を重んじる一番隊は護廷十三隊で最も厳しいと言われている。
山本総隊長の顔が思い浮かび、乱菊は納得した。

「バレンタインはね…」
そして、にバレンタインについて説明する。



日番谷が執務室に戻ってくると、乱菊の姿がなかった。
予想してはいたが、ため息が出てしまう。

「あの野郎…」
「お帰りなさい。お疲れさまでした」
「ああ」

日番谷は自分の席についた。
疲れているのか、苛立っているのか、日番谷の眉間には皺が刻まれている。
は立ち上がり、給湯室へ向かう。
お茶を淹れると、日番谷の机の上に置いた。

「どうぞ」
「ありがとう」

日番谷はが淹れたお茶を手に取り、一口飲んだ。
自分好みの味で、ほんの少し、疲れが取れた。
そんな日番谷を見て、は微笑む。
そして、自分の席につき、お茶を飲んだ。
時間が静かに流れていく。

「あ。隊長に届いた贈り物はどうしますか?仮眠室にありますけど」
「要らん。お前と松本で食べろ」
「…申し出はとても嬉しいんですけど、私は洋菓子苦手なんです」
「そうなのか。俺も甘いもんは苦手だ。松本とか、雛森とか、よくあんな甘いもん食えるよな」

匂いも駄目だという。
日番谷は顔をしかめながら小さくため息をついている。
はクスクスと笑っていた。

「好き嫌いは人それぞれですから。私は和菓子が好きなんですけど、隊長は好きですか?」
「和菓子は好きだな。甘納豆は流魂街にいた頃よく食べてた」

甘納豆という言葉を口にした途端、日番谷は祖母のことを考えた。
流魂街に住む祖母の好物で、よく一緒に甘納豆を食べていた。
最近は会っていないが、元気にしているだろうかと思う。
すると。

「隊長。これ、どうぞ」

そう言っては一つの紙袋を差し出した。
日番谷がそれを受け取り中を開けてみると、そこには。

「甘納豆か」

日番谷が好きな甘納豆が入っていた。
「乱菊さんから聞きました。今日はバレンタインといって、現世ではお世話になっている人や大切な人にお菓子を渡す日なんですよね」
そして、は照れくさそうに頬を掻きながら笑った。
「私、バレンタインが分からなかったんです。乱菊さんに教えてもらって、隊長に何か渡したくて、桃ちゃんに相談したら『甘納豆がいいよ』って助言してくれて、お店まで教えてくれたんです」
「そうか…」

日番谷は甘納豆を食べた。
それは流魂街で食べていたものと同じで、すごく懐かしかった。
大好きな味だった。
「ありがとう。
「こちらこそ。いつもありがとうございます」



甘い匂いで充満するのは嫌だけど、バレンタインも悪くない。
決して口には出さないが、日番谷は初めてバレンタインという行事に感謝した。










間に合いました!(全然ネタが思い浮かばなくて、間に合わないかと思った…)
今日はバレンタイン!ということで、バレンタインの話です!
甘いものが苦手な隊長に、たくさんの愛を贈ります! (08.02.14)

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