三月十四日。
十番隊ではいつもと変わりなく業務が行なわれていた。
だが、仕事を処理する速さはいつも以上だった。
すべては、乱菊の一言から始まった。
いつもは十番隊隊長である日番谷が何か話すのだが、この日、日番谷は任務で現世にいるため不在だった。
よって、乱菊が日番谷の代わりを務めている。
乱菊は、十番隊隊士の前に立ち、言う。
「今日は全員、定時前に仕事を終わらせるように!これは副隊長命令よ!」
隊士たちの前で、凛とした声を上げる乱菊。
その瞳は、あまり見ることのないとほとんどの隊士が断言できるほど、とても真剣だった。
『絶対に早く仕事を終わらせなければいけない』
己の心の中で誓う隊士たち。
皆、とても緊張した表情を浮かべている。
そんな中で、唯一、三席のは小さく笑みを浮かべていた。
『何か楽しいことがありそうだなー』
そう考えずにはいられなかった。
「解散!」
乱菊の一声で、隊士たちは皆、足早に執務室へと向かった。
そんな隊士たちを見つめながら、は乱菊へと近付く。
が乱菊の前まで来るときには、もう隊士たちの姿はなかった。
広い空間に、と乱菊、二人だけになった。
がニコッと笑みを見せると、乱菊の表情がふっと和らいだ。
いつもの乱菊に戻った。
「あー!つっかれたー!」
「お疲れさまです。でも、今日はどうしたんですか?みんなに『仕事を早く終わらせろ!』って。何かあるんですか?」
「ヒ・ミ・ツ。早く仕事が終わったら分かるわ」
そう言うと、にウインクする乱菊。
は、そう言われると無性に気になってしまうのだが、ぐっと堪えて「分かりました」とだけ言った。
「じゃ、私たちも執務室に戻りましょう。今日は真面目に仕事しなくちゃいけないし」
「仕事は常に真面目にするものなんですけどね」
副官補佐としては副官である乱菊に言う。
きっと右から左へと流してしまうだろうと思っていたが…。
「さっ!頑張りましょ!」
足早に執務室へと向かう乱菊。
思ったとおり自分の願いを流されてしまったが、気にせずも乱菊の後ろに続いた。
「松本副隊長!書類できましたので、確認お願いします!」
「三席!こちらの報告書にも判をお願いします!」
昼休みが終わり午後の業務が始まると、乱菊とがいる執務室は書類と隊士が行き交うようになった。
次から次へとやってくるので目が廻りそうだが、それでも二人は迅速かつ的確にそれらを処理していく。
「確認したわ!じゃ、その書類を一番隊に届けてきて!」
「はい。これで問題ありません。ご苦労さま」
三時を過ぎる頃になって、ようやく落ち着いてきた。
は、ゆっくりと席を立ち、静かに給湯室へと向かった。
熱いお茶を淹れて、執務室に戻ってくる。
そして、それを乱菊の机の上に置いた。
「少し休憩しませんか?」
「するー。ありがとー」
乱菊は、とても美味しそうに、お茶を飲む。
そんな乱菊を見て、はとても嬉しかった。
も自分のお茶に口をつける。
心から「美味しい」と言えるお茶だった。
「なんとか終わりそうですね」
「そうねー」
そう呟くように言いながら、と乱菊は机にある書類を見る。
今、執務室内にある書類を処理すれば、一日の仕事は終わりだ。
午前中からずっと仕事してきたせいか、業務はいつも以上に進んだ。
三番隊からの追加書類が流れてきたり、十一番隊の隊士が遊びに来たりして、仕事が滞ってしまったときもあったが、
それでも『定時前に仕事を終わらせる』という目標を達することができそうだった。
お茶を飲み終わると、は身体を伸ばし、自分の席に着いた。
『あともう少し!』
自分の心の中に気合を十分入れて、は書類へと手を伸ばした。
乱菊もと同様に、仕事を再開した。
それからしばらくして、
「終わったー!」
「やったわね!」
執務室からと乱菊の歓喜の叫びが響いた。
定時前に全ての仕事を終わらせることができた。
「終わったみたいだな」
突然、第三者の声がの耳に届いた。
は、それが誰なのか、すぐに分かった。
後ろを振り返ると、すぐそばに日番谷が立っていた。
「隊長!いつ戻られたのですか?」
「ついさっきだ。予定どおり定時前に仕事を終わらせたな」
「はい!頑張りましたよ!」
「えっ?」
驚きを隠せないは日番谷と乱菊の顔を見た。
にやりと笑みを浮かべながら、のことを見ている二人。
そして、乱菊がに尋ねた。
「!バレンタインがいつで、どんなことをする日か、覚えてる?」
「えっと…。たしか二月十四日で、お世話になっている人や大切な人にお菓子を渡す日、ですよね?」
「ぴんぽーん!」
「じゃ、一ヵ月後の三月十四日はどんなことをする日か、分かるか?」
「えっと…?」
日番谷にそう尋ねられて、ますます分からなくなる。
『今日は三月十四日だけど、何か特別な日なの?』
一生懸命考えるが、答えは出てこない。
そんなに、乱菊は正解を言う。
「三月十四日はホワイトデーっていって、バレンタインでもらった人にお返しをする日なの!
、バレンタインのとき、隊長にプレゼント渡したんでしょ?」
「渡しましたけど…」
「ということで、今日はバレンタインのお返しとして晩飯をおごってやる」
「えっ?………えぇぇ!?」
日番谷からの突然の誘い。
は信じられない気持ちで胸がいっぱいだった。
夢かもしれないと思い、頬を力いっぱいつねってみるが、痛みを感じるだけだった。
『夢じゃない…』
痛さと嬉しさで涙目になる。
すぐに嬉しい気持ちのほうが増した。
「ありがとうございます!」
「こちらこそ。いつもありがとう」
突然の申し出にびっくりしたけど、しあわせな気持ちでいっぱいだった。
満面の笑みを浮かべながら、は日番谷や乱菊、頑張ってくれた十番隊隊士たちに心から感謝した。
終