技術開発局が開発・販売している伝令神機。
機能は現世の携帯電話と同じで、現世でもそうであるように、ほとんどの死神が持ち歩いている。
必需品、持ってない方が有り得ない、といっても過言じゃない。
だけど、私はソレがキライだ。理由はたくさんあるけど、一番はいきなり音が鳴るのがイヤだ。
特に、集中してるときにあの音が鳴るとすっごくイライラする。そのたびに『ぶっ壊したい』と思うほどだ。
本気で実行しようとしたら周りに止められて、それからはやってないけど、破壊衝動を抑えきれなくなったらやるだろう。
ていうか、こんなものを持って、みんなよく平気だと思う。
酷いときはソレを持っている全ての人が憎くなる。そして、最近ますますソレが嫌いになった。
最初、真夜中に鳴り出した音を聞いたときは、いつものように不愉快な気分になった。
すぐに切ろうとしたけど、画面を見て止めた。"日番谷冬獅郎"っていう文字が映っているから。
小さく息を吐き出すと、耳に当ててボタンを一つ押す。それからまもなく、ピッという音を境に、呼び出し音から通話に切り替わった。
「…なに」
『…お前こそ何だよ、その声』
「…私が電話キライなの知ってるでしょ」
『あぁ。よく知ってる』
「…だったら電話しないでよ」
『明日も朝早く起きなくちゃいけないのに、こんな夜遅くに電話してないでよ。そんな暇があるなら少しでも眠ってよ』
そう言おうとしたけど…。
『お前の声が聞きたくてな』
「………」
……言えなかった。そんなこと言われたら、言えるわけがなかった。
今、冬獅郎はきっと笑っているだろう。そんな冬獅郎が頭の中に浮かんで、それだけで胸の辺りが変な感じになる。
何だか苦しくて、胸に手を当ててぎゅっとしないと、平常心を保てなかった。
『おい、黙るなよ』
好きで黙ってるんじゃない、と思うけどそのままでいた。
何て言ったら分からなかった。それに、今の私の気持ちを知られたくなかった。
ここじゃない、どこか遠くにいる冬獅郎に悟られたくなかった。でも、人生そう上手くいかなくて、
『。お前、今、泣いてるだろ』
気付かれてしまった。
だけど、正解だと認めたくなくて、すぐに「泣いてない」とだけ答えた。
嘘はついてない。だって、まだ泣いてないもん。名前で呼ばれて泣きそうになってるだけで、まだ泣いてない。
冬獅郎は『ふーん』と小さく呟いた。ほんの少し、沈黙が続いた。それを破ったのは、冬獅郎の方だった。
『なぁ、今日は何の日か分かるか?』
「…二十日でしょ」
そう、今日は十二月二十日だ。
この日が何を意味しているのか、どうして冬獅郎はそんな質問をしたのか、分かっている。
それでも、冬獅郎が望んでいる答えを言わなかったのは、冬獅郎の思う通り事が進むのが癪だったから。
さっきから自分の願いは何一つ叶わなくて、すごく悔しかったからだ。だけど、
「『嘘つけ』」
受話器と背後、両方から冬獅郎の声が聞こえた。
最初は信じられなかった。正直夢を見ているような気がした。
だけど、ゆっくり振り返ると、そこには冬獅郎がいて、想像した通りの笑顔がある。
ここじゃない、どこか遠くにいると思っていた冬獅郎が、私の目の前にいる。
私が信じられるように、夢じゃないことを証明するように、冬獅郎は私の体を抱き寄せた。
それだけで、今まで堪えていた涙が一気に溢れた。次から次へと出てくる涙。
冬獅郎にキツク抱き締められてるから身動きがとれなくて、それを拭うこともできなかった。
「……な、んで…」
任務が重なって尸魂界中を駆け回っているはずなのに。
『何で冬獅郎がここにいるの?』と言おうとしたけど、上手く言葉が出てこない。
「終わらせてきた」
「終わらせてきたって……全部?」
「当たり前だろ」
「……信じられない…」
虚の退治から流魂街で起きた暴動まで、三週間はかかる任務をたった一週間半で終わらせるなんて。
無理したんじゃないか、どこも怪我してないか、聞きたいことはたくさんある。
だけど、そんなことよりも言いたいことがある。
「ただいま。」
「おかえり。あと、誕生日おめでとう。冬獅郎」
ああ、ちゃんと言えてよかった。
伝令神機じゃなくて、直接伝えることができて、本当によかった。
冬獅郎の胸の中で、冬獅郎の温もりに包まれて、私の心は満たされていった。
前よりも伝令神機が嫌いになったのは、大好きな人が出来たから。
会いたくても会えない。互いに声しか届かない。そんなのつらいだけ。
それならこんなもの要らない。ずっとそう思ってた。
だけど、今も少し思ってるけど、ほんの少し気持ちが変わったの。
『会ったとき、こんなに幸せな気持ちになれるなら、伝令神機も悪くない……かもね』
終