12月に入って、冬の色がさらに増した。
朝、出勤するとき、マフラーと手袋が欠かせなくなってきた。
執務室に暖房機を置くようになり、乱菊が外に出なくなった。
は『冬だなぁ』としみじみ感じていた。
そんなある日。
「失礼しまーす!」
昼休みになった途端、執務室の扉が開いた。
それは、ここのところ毎日のようにやってくる、雛森だった。
しかもお弁当持参。昼休み中ずっといる気満々だった。
そんな雛森を、は笑顔で応対する。
「こんにちは。桃ちゃん」
「こんにちは。先輩。今日もお昼一緒に食べてもいいですか?」
「もちろん。いいよ」
「わーい!ありがとうございます!!」
雛森は嬉しそうに笑った。それを見て、も自然と笑みがこぼれる。
『桃ちゃんの笑顔は癒されるなぁ』と心の中で思っていた。
そして、二人仲良くお昼ご飯を食べていると、
「そういえば、今日は日番谷くんも乱菊さんもいないんですね」
「今日は二人とも任務に行っているの。私はお留守番」
「へえー。先輩、大変ですね」
「そんなことないよ。隊長と乱菊さんのほうが大変だと思う」
感心している雛森に、は両手を振りながら、力いっぱいそれを否定する。
そして、は日番谷と乱菊のことを思った。
任務を終えて戻ってくるのは夕方。二人とも疲れて帰ってくるだろう。
その前に事務仕事は全て終わらせておこうと決意した。
『二人の役に立てるように、一生懸命頑張ろう!!』
が心の中でそう思った、ちょうどそのときだった。
「あっ!」
突然、雛森がそう小さく呟いた。
は「どうしたの?」と聞こうとしたが、その前に雛森は言う。
「そういえば、先輩。今月の20日は日番谷くんの誕生日なんですよ!」
「誕生日?隊長の?」
初耳だった。
日番谷はそういうことを言わないし、も聞こうとしなかったから。
……本当は知りたかったのだが、日番谷が何も言わないのはそういうことに興味がないからじゃないかと思って、
もしも聞いたら怒られるんじゃないかと思って、聞けなかったのだ。
雛森は続けて言う。この話をしたのはに相談したいことがあったからだった。
「誕生日プレゼント、何がいいと思いますか?今度のお休みに買いに行くんですけど、決まらなくて…」
「えっ?……うーん。何か好きなものはどう?食べ物とか、趣味とか」
「…考えてみたんですけど、あまりいいものが思い浮かばないんです……。日番谷くんの好きな食べ物は甘納豆だけど、少し前に流魂街のおばあちゃんからたくさん送られてきたみたいだし…。あと考えられるのは本だけど、去年あげたし…。それにおすすめの本を渡したけど、あまり気に入らなかったみたいだし……」
「そっかぁ。難しいなぁ…」
たしかに、甘納豆は隊舎に送られてきたばかり。
本も駄目となると、あとは何があるだろうか。
それから、と雛森は二人でずっと頭を悩ませていたけれど、いい考えは浮かばなかった。
時間だけが過ぎていき、昼休みが終わってしまった。
「大変!戻らなくちゃ!」
そう言うと雛森は急いでお弁当を片付けた。
焦ってはいるけれど、なんだか嬉しそうな雛森。
早く五番隊舎に、藍染のところに行きたいのだろう。
雛森の気持ちがの心に伝わってきた。
ふと、は『藍染隊長のことを本当に尊敬しているんだな』と思った。
そして、
『……あれ…?』
ほっとしている自分に驚いた。
どうしてほっとしたのか、結局分からなかったけれど。
「それじゃ、失礼しました!」
「……桃ちゃん!」
執務室に出ようとする雛森に、は声をかける。
雛森に伝えたかった。アドバイスになるかどうかは分からないけれど。
「隊長へのプレゼントだけど、普段使うものはどうかな?役に立つし、喜んでくれると思う」
なら、もらったものがどんなものでも、嬉しい。
その人がのことを考えて用意してくれたものだから。
そして、それが普段使えるものだったら、もっと嬉しい。
使うたびにその人の顔が浮かんで、もっともっと嬉しくなる。
大切にしたいとおもう。これからもずっと使いたいから。
「普段使うものかぁ。全然思い浮かばなかった!先輩!貴重なアドバイスありがとうございます!!」
そう言って、雛森は笑顔で五番隊舎に戻っていく。
アドバイスになったみたいで、役に立てたみたいで、は嬉しかった。
そして、小さくなっていく背中に手を振りながら、は日番谷の誕生日のことを考えていた。
12月20日。
「こんにちは!」
執務室に雛森がやってきた。
今は仕事中なのだが、それを叱る人物はここにいない。
日番谷は隊首会に行って不在だったため、雛森はと乱菊に温かく迎えられた。
雛森の手にはプレゼントがある。それを見て、は笑みを浮かべた。
「よかったね。桃ちゃん」
「はい!先輩のおかげで誕生日プレゼントを用意することができました。本当にありがとうございます!」
笑い合うと雛森。
二人の会話を聞いていた乱菊は、お菓子を食べながら、雛森のほうへ手を伸ばした。
「ありがと」
それを辛うじて避けた雛森。
せっかく用意したプレゼント。日番谷に渡す前に乱菊に奪われるわけにはいかない。
「乱菊さんは9月でしょ!こないだお祝いあげたじゃないですか!日番谷くんのですよ!」
「隊長の?」
「そうですよ!もしかして何も用意してないんですか!?」
「だって!知らなかったんだもん!ねぇ??」
非難の目でじーっと見つめる雛森に、乱菊はばつの悪い表情を浮かべる。
のほうを見ながら話を振るが…。
「私は知っていましたよ」
「えぇ!?」
「この前、桃ちゃんが来たときに教えてもらいましたから」
「何で私に教えてくれなかったのよ!?」
「話す機会がありませんでした。乱菊さん、最近はずっと任務のほうが多かったですし。
乱菊さんが執務室にいるときは隊長もいましたし」
の言うとおりだった。
乱菊は、ここのところ任務が続いていて、執務室にいないことが多かった。
乱菊が執務室にいるときは日番谷もいた。本人の前で誕生日の話をできるわけもなく、今日を迎えてしまったのだ。
「それで、どうしますか?」
「誕生日……ねぇ…」
日番谷の誕生日。
お祝いしたいけれど、今から何を用意できるか。
乱菊は一生懸命考えるが、なかなかいい案が浮かばない。
悩む頭。モヤモヤする心。
『パーッとどこかに消えてしまえばいいのに』
乱菊がそう思った、そのときだった。
いいアイディアが乱菊の頭に舞い込んできた。
「そうよ!これしかないわ!!」
日番谷の誕生日にふさわしい、最高のプレゼントを思いついた。
あとは行動あるのみだ。
「あん?」
声を上げる日番谷。その手には乱菊の置き手紙。
『今晩九時に隊舎西修練場の屋根の上に来て下さい』
「何だこりゃ?」
目の前には書類の山。しかもそれらは全て乱菊がやるべき仕事。
日番谷が呆れるのも無理はない。
「つーか…仕事もしねえでどこ行きやがったんだ、あいつは?」
そう言って、日番谷は大きなため息をついた。
は黙ったまま、日番谷を見つめていた。
乱菊がどこにいるのか、そこで何をしているのか、全部知っているけれど、それを日番谷に言うわけにはいかない。
中途半端なことを言っても怪しまれる。もともとは嘘をつくのが下手なのだ。
だから、は苦笑いを浮かべながら、心の中で祈っていた。
バレませんように、と。何も聞かれませんように、と。
日ごろの行いが良いおかげか、の願いは叶えられ、日番谷にバレることも聞かれることもなかった。
けれど、新たな問題が発生した。
「ったく。しょうがねえな」
そう言うと、日番谷は乱菊の机の上にあった書類を持って、自分の席に着いたのだ。
どうやら乱菊の代わりに仕事をするつもりらしい。
だが、そんなことをしていたら約束の時間に間に合わない。
九時までに隊舎西修練場の屋根の上に行かなければならないのに。
はあせった。
それでも、『いつもどおりに!笑顔のままで!』と自分に言い聞かせていた。
そして。
「隊長。行ってきてください。乱菊さんに呼び出されたのでしょう?その仕事でしたら私が責任もってやりますから」
はそう日番谷に言う。すると、日番谷の眉間に皺が寄った。
それを見て、は笑っていたが、内心ビクビクしていた。
『もしかして…三席で部下の自分が、隊長で上司の日番谷に「行ってきてください」なんて言ったから怒ってるの?』
そう思って、そうとしか思えなくて、すごく怖かった。
の額に冷や汗が浮かぶが、絶対に笑顔を崩さなかった。崩れないように努力していた。
一方、日番谷は全く違うことを考えていた。
もしも自分が乱菊のところに行ってしまったら、は一人になる。
任務や隊首会のときは仕方がないと思うが、今は違う。
乱菊に呼び出されているから、を一人にしてそっちに行くなんて。
『俺は……そんなことしたくねえ…』
日番谷は「嫌だ」と言おうとした。「行かない」と言うつもりだった。
けれど、
「行ってきてください」
もう一度、は日番谷に言う。さっきよりも強い口調で。
それは、お願いというよりは、命令に近かった。
日番谷の眉間の皺が、さらに深く刻まれる。
は「大丈夫だ」と言いたいのだろうが、日番谷はそうは聞こえなかった。
「放っといて」と言われているような、「そばにいてほしくない」と言われているような、そんな気がした。
それがすごくショックで、忘れてしまった。
「一緒に行こう」という言葉があることを。
結局、日番谷は「…行ってくる」とに言った。気持ちとは正反対の言葉を口にした。
執務室の扉を開けて外に出ると、冷たい風が日番谷を冷たくする。心も体も冷たくなっていく。
日番谷はため息をつきながら、乱菊が待っている西修練場に行こうとした。
すると、
「隊長。お誕生日おめでとうございます」
日番谷の心に届いた、優しくて温かい言葉。
それと同時に、日番谷の体も、暖かくなった。
視線を下に移動させると、鮮やかな赤色の何かが巻かれている。それは……マフラーだった。
後ろを振り返ると、が満面の笑顔で、日番谷のことを見つめていた。
「……これは…」
「プレゼントです。今日は、12月20日は隊長の誕生日ですよね」
「何で……」
自分の誕生日を教えた覚えはない。
『誕生日を祝え』とねだっているような気がして、にそう思われるのが嫌で、言えなかったのだ。
それで、が聞いてくるのを待っていて、けれど聞いてくることはなくて、今の今まで諦めていた。
それなのに……。
「桃ちゃんから聞きました」と答える。
頭の中に雛森の顔が浮かんで、少し癪な気もしたけど、感謝した。
面と向かって言えないから、心の中で小さく「ありがとう」と呟いた。
「今日はもう誰かにお祝いされました?」
「……雛森に。湯飲みをもらった」
「さすが桃ちゃん。早いなぁ。少し残念ですけど、仕方ないですね」
それを聞いて、日番谷は小さく笑ってしまった。
雛森に対抗心を燃やすが、なんだかおかしかったから。
そして、日番谷は小さく笑みを浮かべて、に言う。
「ありがとう。大事にする」
雛森には言えないことが、には言えた。ちゃんと言いたかったから。
すると、は少し照れながら、それでも嬉しそうに笑っていた。
終