二月十四日。
日番谷は目の前の光景を見つめながら、大きなため息をつき、呟いた。
「またかよ……」
朝、執務室の扉を開けると、大量のチョコとプレゼントが日番谷を迎えた。
高く積まれ、大きく広がり、巨大な山と化している。
毎年のことだし、気持ちは嬉しいのだが、
「仕事になんねえよ……」
この山をどうにかしなければ執務室の中に入ることすらできない。
これからの作業を考えただけで頭が痛くなった。
そんな日番谷を、さらに悩ませることがもうひとつ。
「なんで誰もいねえんだよ……」
今、ここにいるのは日番谷だけ。
業務開始時刻はとっくに過ぎているのに、誰も来ていない。
遅刻常習犯の乱菊はともかく、がいないことには驚いた。
いつもなら、一番最初にやってきて執務室の掃除や書類の分配を行っているのに。
『自室にチョコやプレゼントを届けに来られてその対応と片付けに追われているとか?』
確かに考えられることだ。
日番谷自身、それが原因で執務室に来るのが遅くなってしまったから。
現世で"友チョコ"が流行っているように、尸魂界でも友達同士でチョコを渡すようになった。
は部下から尊敬されているし、友チョコをもらっていても不思議ではないし納得できる。
『もしくは、他の隊の連中にチョコを配って歩いてるとか?』
真面目なのことだ。
きっと全ての隊の、特に世話になっている人に、チョコやプレゼントを用意しているだろう。
そう考えた途端、日番谷は少しイラッとした。
が自分以外の誰かにプレゼントをあげる場面を想像して、無性に腹が立った。
すると、
「あ、たいちょー。おはよーございまーす」
乱菊がやってきた。
色とりどりのプレゼントを手にして、笑みを浮かべる乱菊。
「……なんだ、それは」
「見ての通り、プレゼントですよー。今日はバレンタインデーですからー」
「なんでそんなに……」
「逆チョコですよー」
「逆チョコ?」
逆チョコとは、男性から女性にチョコを送ることである。
最近、現世で流行っているアレだ。
「ここに来るまで、いろんな子からプレゼントもらったらこんなになっちゃいました!」
「……………」
「そういえば、は来てます?」
「……いや、まだだ」
「逆チョコもらってたりしてー。、結構モテますしー」
「………………」
「もしかしたら、プレゼント渡すと同時に愛の告白とかされてたりしてー」
「ちょっと出てくる!お前は執務室を片付けてろ!!」
乱菊の挑発に乗ってしまった日番谷。
イライラして、心配で仕方がなくて、じっとしていられなくて、を探しに向かったのだ。
乱菊はそんな日番谷の背中を見つめながら、
「全く。世話の焼ける二人ね」
どう見ても相思相愛なのに、いつまでも告白できない日番谷とに呆れつつ、二人の幸せを心から祈っていた。
「ったく!どこにいんだよ!?」
日番谷はを探して走り回ったが、どこにも月花の姿はない。
さすがに疲れてきて――休みなしで走り続けたのだから当然だ――日番谷は立ち止まり壁に寄りかかり休んだ。
正直、もう疲れた。さっきからずっとイライラしている。
それでも、これからどうするか決まっていた。
絶対、を見つけ出す。
何が何でもを見つけなければ、日番谷の気が済まない。
日番谷は、壁に寄りかかっていた背中を離し、を探そうとした。
けれど、
「やっほー!日番谷君!!」
「……雛森…」
雛森に捕まってしまった。
今すぐここから立ち去ろうとも思ったが、
「どうしたの?誰か探してるの?」
雛森は日番谷の羽織をぎゅーっと掴んで、離そうとしない。
逃がさない、と瞳で訴えている。
日番谷はため息をついた後、
「を探してんだ。どこかで見なかったか?」
正直に話した。
雛森は人のいい笑顔で――日番谷の瞳には何かを企んでいるように映ったたが――答えた。
「ちゃんなら、さっき五番隊舎に来たよ。今、バレンタインのプレゼントを配ってるみたい」
「が向かった場所、分かるか?」
「六番隊に行くって言ってたよ」
「分かった。……サンキュ」
日番谷は、すぐさま六番隊舎に向かい、走り出した。
雛森は小さくなっていく日番谷の背中を見つめながら、
「シロちゃんも大人になったんだなぁ」
姉として弟の成長を心から喜んでいた。
「っ!!」
「へっ?隊長?」
六番隊舎の手前でようやくを見つけた日番谷。
一方、はとても驚いた表情を浮かべ、日番谷を見つめていた。
「お前、何やってんだ?仕事中に」
日番谷がそう尋ねると、はきょとんと日番谷を見つめた後、首を傾げながら答えた。
「えっと……書類を届けていました…けど?」
「はぁ?書類?」
「はい。今朝、乱菊さんから『雛森に書類を届けて欲しいの』と頼まれまして。急ぎだと言われたので執務室に行く前に五番隊舎に向かい、雛森副隊長にその書類をお渡ししました。そしたら、今度は雛森副隊長に『阿散井君に伝えて欲しいことがあるの』と頼まれまして。今、六番隊舎に向かっているところです」
「……あいつ等…」
やられた、と思った。
脳裏に乱菊と雛森の勝ち誇った顔が浮かんで、日番谷は心身ともにショックを受けた。
そして、『あとで絶対仕返ししてやる』と心に誓った。
「隊長?大丈夫ですか?」
「いや……。何でもねぇ…」
副官と幼馴染に騙されたなんて、そんなこと言えるわけがない。
騙された自分が物凄く恥ずかしくて、を見ていられなくて、ぷいっと顔をそらした日番谷。
すると、
「隊長。お話したいことがあるのですが、よろしいですか?」
に、そう言われた。
日番谷はそらした顔をもう一度元に戻し、を見た。
は、とても真剣な瞳で見つめている。
「……ああ」
日番谷はそんなに応えなければと思い、まっすぐ見つめた。
心の中では『まさか』と思ったが、それ以上に『そのまさかであって欲しい』と願った。
「去年、乱菊さんからバレンタインデーは"お世話になっている人や大切な人にお菓子を渡す日"って教えてもらいました。でも、昨日、雛森副隊長からバレンタインのもうひとつの意味を教えてもらったんです。"好きな人に告白する日"だって」
そこまで言うと、は日番谷に二つの包みを差し出した。
一つは赤、もう一つは青。
色は違うだけで、どちらも可愛らしい包みだが、
「赤いほうは部下として隊長に用意したプレゼント、青いほうはとして日番谷冬獅郎さんに用意したプレゼントです。
……どちらか選んでください」
プレゼントに籠めた想いが違った。
目を閉じる。
顔を真っ赤にして、体は少し震えている。
日番谷の気持ちは決まっている。
迷うことなく……青いほうを選んだ。
は目を開いて、涙をいっぱいにして、日番谷を見つめる。
嬉しくて、すごく幸せで、言葉にできない。
「ありがとう。これからもよろしくな……」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
終