十番隊隊舎・執務室。
日番谷は黙々と仕事をこなしていた。
……だが、その眉間には皺が深々と刻まれている。
その理由は、
「"命を懸けて君を守る"って一度でいいから言われてみたいです!」
「女の子なら憧れるセリフよねー」
目の前で堂々と職務をサボっている連中がいるからだ。
十番隊副隊長・松本乱菊と五番隊副隊長・雛森桃。
どちらもお茶とお菓子を片手におしゃべりを続けている。
今までずっと怒りを抑えていたのだが……。
「乱菊さんは今までそんなセリフ言われたことありますか?」
「ヒ・ミ・ツ」
「えー!教えてくださいよー!!」
「お前ら!いい加減にしろ!!」
ついに、日番谷の堪忍袋の緒が切れた。
握り締めた手を思いっきり机に叩きつける日番谷。
けれど……。
「は?どうなの?」
「ちゃん!どうなの!?」
今の二人に日番谷の怒りは届かなかった。
完全に無視されて日番谷の怒りはさらに増大し、眉間には新しい皺が刻まれた。
その様子を黙って見つめていたは、心の中で合掌した後、乱菊と雛森の問いに答えた。
「私はそういうセリフ嫌い」
「「えー!!何でー!?」」
食ってかかる雛森と乱菊。
の答えが信じられないようだ。
日番谷も、言葉にはしないが、内心驚いていた。
だが、は淡々と答える。
「誰かに守ってもらうほど自分は弱くないと思うから。命を懸けて守られても私はすっごく迷惑」
それを聞いて、絶句する雛森と乱菊。
そして、顔を合わせて苦笑いを浮かべた。
女の子が一度は言われてみたいと願う恋のセリフも、の前では何の意味も持たなかったから。
そんな二人に、はニッコリと笑みを浮かべて、言う。
「さて。二人とも。そろそろお仕事しましょうね?」
だが、それはどう頑張っても笑っているようには見えなくて、
「はいぃぃ!」
「ごめんなさい!!」
雛森と乱菊は、早々に執務室から出て行った。
二人がいなくなった途端、静かになった執務室と残された日番谷と。
はくるりと振り返り、日番谷に微笑んだ。
「休憩しませんか?」
「……ああ。そうだな」
「お茶、淹れてきますね」
そう言うと、は隣にある給湯室にお茶を淹れに行った。
一方、一人残された日番谷は、「はぁ…」とため息をつき、目を閉じた。
「命を懸けて守られても私はすっごく迷惑」
暗闇の中で、の声が聞こえた。
『アイツが言われてみたいセリフって何だ?』
そんな考えが日番谷の頭の中をぐるぐる廻った。
だが、いくら考えても答えが出てこない。
そして、結局……。
「お待たせしました」
「……おう」
答えが分からないまま、が執務室に戻ってきてしまった。
机の上にお茶を置き、ニコッと笑う。
湯飲みを受け取り、さっそく一口飲む日番谷。
どちらも何も話さないため、
「…………」
「……………」
沈黙が続いた。
それが日番谷には物凄くつらかった。
何か言わねば、何か言わねば、と思い悩んだ結果……。
「…お前は……何て言われてみたいんだ?」
聞いてしまった。
理由は単純明快。答えを知りたかったから。
気になって、気になって、仕方がなかったから。
は、首を傾けながら考えた末、申し訳なさそうに言う。
「んー。言われてみたいセリフはないですね。言いたいセリフでもいいですか?」
「構わん」
「"決して貴方を一人にしません。この命が尽きるまで貴方のそばを離れないと誓います"」
刹那。
ドクン、と脈打つ音が聞こえた。
胸の辺りが熱くなるのが分かった。
日番谷は、を見つめたまま、黙り込んでしまった。
そんな日番谷に追い討ちをかけるように、はさらに言う。
「今度、お返事を聞かせてくださいね?」
終